東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1723号 判決
よつて右解約申入は正当の事由ある場合にあたるか否かについて按ずるに,当審証人清水千代松、春原新作の証言並びに原審及び当審における控訴人(原告)本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人は、昭和二十年三月現住所地に疎開する前は本件家屋に居住し、現在空家となつている本件家屋に隣する建坪八坪の工場を使用し、はさみ製造業を営なんでいたものであり、その後は疎開先で同様の職業に従事していたけれども、営業不振であり、かつその居住家屋を他に売却し買主から明渡をせまられているため、再び本件家屋に復帰し、従前のようなはさみ製造業を営むことを熱望して居ることが認められ、かつ当審証人小黒正信、斎藤正三の各証言によれば、東京が控訴人の現住所地に比しその営業にとりはるかに有利であることが認められるので、控訴人は本件家屋を自ら使用する必要に迫まられているものと認むるに十分である。一方被控訴人の事情を審按するに、原審及び当審(第一、二回)の被控訴人(被告)本人尋問の結果によれば、被控訴人は妻及び八人の子と共に本件家屋に居住し、被控訴人及びその長男、二男の三人の勤労によつて生活し、家計に余裕があるとは認められぬ状況にあることが認定できる。しかしながら、原審証人清水佐登司の証言によつて認められる被控訴人が本件家屋を賃借するはじめ、控訴人において早晩本件家屋を自ら使用することを必要とすることを知り、控訴人の申入後二ケ月以内に本件家屋を明け渡すことを確約したこと、並びに前段認定のようにたとえ被控訴人が控訴人の差配清水佐登司に対する貸金債権と相殺するつもりがあつたとはいえ、殆んど賃借当初から賃料の支払をしていなかつた事実を参酌して以上控訴人、被控訴人双方の事情を比較して考えるに、控訴人の本件解約申入は、正当の事由ある場合にあたるものというべきである。